ひめゆり平和記念資料館より〜 戦争は誰の為に行うものなのか?

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経営者を人の悩みから解放する人材プロデューサー
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昨日から、同業者代理店会 MSA本部役員メンバーで沖縄研修ツアーに来ております

今日は朝7時30分から集合し一日かけて沖縄南部方面から中部方面を中心に観光しました。

沖縄平和祈念公園
沖縄本土戦で、亡くなった方でお名前が分かっている方の全ての人が石碑に刻まれています。

沖縄本土戦で戦死された方で、沖縄県出身の次に亡くなられた都道府県って何処だと思いますか?

実は北海道なんです

まさか、沖縄本土戦で沖縄県人の次に道民の戦死者が多かったとは、、、知りませんでした。

ひめゆり平和祈念資料館

ひめゆりの塔は 個人的には2回目の訪問ですが、  
当時の歴史資料や上映映像をみて遡ること戦後74年、
当時に想いを馳せながらひとつひとつ丁寧に見学するとやはり、胸が詰まります。

ひめゆり学徒隊の方の年齢が1945年 当時17歳ですから、、、、
戦後74年 ➕ 17年 
実に当事者の方の年齢が現在91歳になります

つまり、ひめゆり学徒隊の当時の戦争経験者の方が軒並、
高齢になって、当時を語れる方が少なくなっている現実

なぜ、戦争に行ったのか?どうして、逃げなかったの?戦争がこんなに大変だったなんて、、、

こうやって展示資料をみながらも日本の隣国の朝鮮半島だって、現在もなお、 当時の日本軍と同じ、思想教育を展開している現実‼️

どうして、隣国の国家元首は軍事国家の道をひたすらに 突き進むのだろうか?   
と考えさせられてしまった。

戦争をしてはいけないことは小学生だってわかる事なのに、
なぜ、世界から戦争はなくなら無いのか、、、、、

■ どうして、逃げなかったの?
これは、当時の軍国日本の思想教育にあるわけ何ですが、、、   
「神の国」という国家観念には、神秘主義的な美学も、込められていました。

そして、それは「万葉集」
* 海ゆかば
* 切腹
と、いう特異な切腹の美学に結びついていた。

当事の日本では、天皇のために死ぬ事は、最高に気高いこと。 とされていた。
皇民化教育を受けて育った国民は「神」である天皇でさえ、
参拝する「靖国神社」に祀られることは、この上もない、栄誉だと信じていました。

沖縄を守備する第32軍の牛島満司令官は、
沖縄本土戦で、壊滅状態になり司令官は自決に先立ち、最期に軍司令官命令を発しました。

沖縄本島上陸から約3カ月の勇戦敢闘により、遺憾無く、軍の任務を遂行し…
日本本土の上陸を少しでも遅延できた‼️

〜 〜 〜 〜 〜
最期まで敢闘し
「悠久の大義に生くべし」と最期の言葉を発した、、、、

沖縄本島上陸から約3カ月十数万人の将兵と住民が亡くなったのですが、、、
牛島司令官は「軍の任務を遂行を遺憾なく遂行    出来た」と。

更に生き残った将兵には、投降を許さず、最後まで戦え‼️と、命令したそうです。

将軍らは、住民の保護を米軍と交渉もせず、戦火の中に放置したまま自決した。

「悠久の大義に生きよ」とは、、、
天皇陛下の為に身命をささげよ‼️と、いう意味でした。

でも、これが当時の国策であり、軍国日本の思想だった。

米軍の捕虜になる事は非国民であり、当時の皇民である日本人として投降はあり得ない事だった。
この当時の軍国日本の組織としての理念や思想は紛れもなく、今では考えられない価値観であった‼️

そして、この考えられない価値観を当時の皇民は何の疑いもなく、信じて疑わなかった
結果的には、大きな代償を払っての、今の日本の繁栄があったおもう‼️

しかし、国家観念、理念、国策というのは、非常に根深い

もう少し書きたいのですが、今日はここまでとします。

おしまい

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